陸上競技で厚底シューズを履くとき、まず押さえるべきは靴底の厚さの上限です。現行のルールではトラック種目・跳躍種目・やり投は20mm、道路競走と競歩は40mm。よく見かける「800m以上は25mm」は2024年10月末までの旧規定で、今は使われていません。そして中学・高校の公認競技会にも、このルールは適用されます。この記事では、日本陸連の規程そのものを出発点に、規定・効果・個人差・中高生の判断基準を整理します。

この記事でわかること

  • 現行の靴底の厚さの上限と、厚さをどこで測るのか
  • 「800m以上は25mm」がいつ・なぜ使われなくなったか
  • 中学・高校の大会に規定が適用されるのか(小学生・駅伝はどうか)
  • 「4%速くなる」の正体と、効果の個人差の実際の幅
  • 中高生が厚底を履く前に確認しておきたいこと

ソールの厚みが異なる3足のランニングシューズを横から並べた写真

陸上の厚底シューズは「トラック20mm・道路40mm」

日本陸連の競技用靴に関する規程(2022年1月1日制定/2026年1月1日施行/2026年4月20日一部改訂)の付属書2「陸上競技用シューズ ソールの厚さ表」が、そのまま答えになります。

現行の靴底の厚さ表

競技種目ソールの最大厚さ
トラック種目(競歩を除く)・跳躍種目・やり投20mm(スパイクシューズ/ノン・スパイクシューズとも)
競歩種目(トラック、道路)・道路競走種目40mm

跳躍種目にはもう一つ条件があります。規程には「すべての跳躍種目では、前足部中央のソールは踵中央のソールより高くなってはならない」と書かれています。つまりつま先側が踵側より厚い靴は跳躍では使えません。

ここで大事なのは、20mmと40mmは「どの種目に出るか」で決まるということです。マラソンや駅伝のロードレースで使える40mmのシューズを、そのままトラックの5000mで履くことはできません。同じ選手が同じ日に両方に出るなら、履き分けが必要になります。

「厚底」と「カーボン」は同じ意味ではない

混同されやすいのですが、厚底=ソールが厚いこと、カーボンシューズ=ソールに硬いプレートが入っていることで、指しているものが違います。厚底だがプレートの入っていないモデルもあれば、比較的薄いソールにプレートを入れたモデルもあります。

規程が数値で縛っているのは厚さのほうです。プレートについては、規程8.5.1が「スパイク付でない陸上競技用シューズには、剛性構造体は1つまでしか含めてはならない」と定め、8.5.4がその構造体について「構造体同士が重なってはならない」「ループ、コイル、蛇腹構造、同心円構造の構造であってはならない」「ソールの曲率に沿った同一平面上に配置されなければならない」と規定しています。枚数を増やしてバネのように使うことは認められていない、と読むのが実務的です。

厚さは「内寸の75%と12%」で測る

「自分は27.5cmだから、表示より厚くなって引っかかるのでは」と心配する必要はありません。規程8.4は、前足部の中心をシューズの内寸の75%の位置、踵部の中心を内寸の12%の位置と定めています。

そのうえで、

  • 承認手続では**ソール長270mm(US 8.5/EUR 42/UK 8)**を標準サンプルとして判定する(8.4.1)
  • 独立機関の検査では最大ソール厚に対して5%の測定許容差が認められる(20mmなら1mm、40mmなら2mm)(8.4.2)
  • 標準サンプルより大きいサイズでソールがわずかに厚くなることは、サイズが大きいことのみに起因するものとして考慮対象外(8.4.4)

と定められています。大きいサイズを履いているだけで不利になることはない、と規程自身が明記しているわけです。

サークル投てきとクロスカントリーは対象外になった

2026年4月20日の一部改訂で、適用範囲が変わりました。規程3.3は、砲丸投・円盤投・ハンマー投・クロスカントリー競走・マウンテンレース・トレイルレースで着用するシューズには「本規程は適用されない」と定めています。これらの種目のシューズは、承認シューズリストに載っていないこともあります。

ただし例外なしではありません。同項は、これらの種目でも「いかなる種類のセンシング技術やインテリジェント技術が組み込まれていてはならない」としています(心拍計やストライドセンサーを個人で携行・装着することは別途認められています)。クロスカントリーについては規程8.6が「2026年3月31日以降は適用されない」と時期を明示しています。

種目別に「何を履くか」の目安

規定を踏まえると、選ぶものはおおよそ次のように整理できます。

出場する種目使えるもの注意
トラックの短距離・ハードルスパイク(20mm以下)ロード用の厚底は不可
トラックの中長距離(1500m〜10000m)スパイク、または20mm以下のシューズロード用の厚底は不可。厚底スパイクは20mmの枠内で設計されている
跳躍種目スパイク(20mm以下)前足部中央が踵中央より厚い靴は不可
やり投スパイク(20mm以下)砲丸・円盤・ハンマーは規程の対象外
ロードレース・駅伝のロード区間40mm以下大会要項で別の制限が課される場合がある
競歩(トラック・道路とも)40mm以下トラックで行う競歩も道路と同じ扱い

「800m以上は25mm」はもう使われていない

ネット上の解説記事には、いまも「トラックは800m未満が20mm、800m以上は25mm」「三段跳は25mm」と書かれているものが少なくありません。これは2024年10月31日までの旧規定です。

2024年11月1日に一律20mmへ

World Athleticsは2021年12月に新しいシューズ規程を承認した時点で、2024年11月1日から全トラック&フィールド種目を20mmに統一することを予告していました。実際に2024年11月1日、その統一が発効しています。日本陸連のシューズ規則のページにも「2024年11月1日以降」の表として、トラック種目・ハードル種目・障害物競走が20mm、フィールド種目が20mm、道路競技が40mmと掲示されました。

つまり距離による区分も、三段跳の特例も、すでに存在しません。5000mでも3000m障害でも、トラックなら20mmです。リレーについては「各走者が走る距離に応じて適用する」とされていますが、トラック種目が一律20mmになった現行規定では実質的な差はありません。

2026年4月の改訂で対象種目が絞られた

さらに2026年4月の改訂で、前述のとおりサークル投てき3種目とクロスカントリーが規程の対象外になりました。この2段階の変更を反映できている日本語記事はほとんどありません。規則を扱う記事は、更新日ではなく「どの版を見て書いたか」で判断してください。

中学・高校の大会で厚底シューズは使えるのか

ここがいちばん知りたいところだと思います。結論から言えば、中学・高校の公認競技会にも規定は適用されます。

中学生の大会にも適用される

日本陸連が公開しているシューズ規程改定に関するQ&A(2020年9月29日)に、まさにその質問と回答があります。

Q. 12月1日以降は中学生の大会でもWAルールが適用されるのでしょうか。 A. 基本的には、すべての公認競技会での改定ルールが適用となります。

実際、第53回全日本中学校陸上競技選手権大会(2026年)の競技注意事項には「競技用靴については競技規則TR5.2を適用する」「規定外シューズ使用者の扱いについては『失格』とする」と明記されています。規定外のシューズは失格です。リザルト上の表記についても、同Q&Aは「シューズ規則により失格となった場合は、DQ(TR5)と表記ください」としています。

小学生は適用外、駅伝は原則として計測対象外

一方で、同じQ&Aは次の2点も明確にしています。

  • 小学生:「小学生については、公認記録の対象ではありませんので、今回のルール改正の適用外となります」。ただし大会要項で適用を明記している場合は要項が優先されます
  • 駅伝:「駅伝は、公認競技会として申請している場合でも公認記録とならない場合がほとんどであるため、基本的には計測の対象外となります」

「駅伝は対象外」を、そのまま「何を履いてもいい」と読まないでください。次の実例があります。

全国中学駅伝は5モデルを名指しで禁止した

全国中学校駅伝大会実行委員会は2024年、競技用靴のルール変更における本大会の適用についてという文書を出しています。

競技用靴のルールが2024年11月1日から変更されました。本大会のコースの大半は芝生を走行するため、クロスカントリーにおけるシューズの規定を適用します。

そのうえで、当時のクロスカントリー規定(スパイク20mm/ノン・スパイク40mm)を適用し、40mmを超えるとして5つの市販モデルを名指しで使用禁止にしました。同文書は「上記に記載したもの以外にも規定を超えるシューズが存在する可能性があるので、必ず選手の使用するノン・スパイクシューズを事前に確認してください」と付け加え、競技注意事項にも「規定外シューズ使用者の扱いについては『失格』とする」を追加しています。会場の都合でニードルピンが使えないことも併記されていました。

大会ごとに要項を読む。これが唯一の正解です。「駅伝だから大丈夫」も「中学だから緩い」も通用しません。

シューズチェックはいつ行われるのか

検査の運用も知っておくと安心です。日本陸連のシューズ規則ページによれば、

  • 招集所の検査は実施しない。競技会後に一部の競技者の靴をチェックする場合がある
  • WA承認シューズリスト掲載モデルは、競技会場での厚さ計測は不要
  • シューズチェックを実施するのは、ドーピング検査が実施されている主要競技会または日本陸連・WA・アジア陸連が指定した競技会でよい。ただし審判長の裁量でシューズチェックは引き続き実施可

ただし、大会によっては招集所で確認しています。全日本中学校陸上競技選手権大会の競技注意事項には、招集所で「競技役員にアスリートビブス(ビブス)と競技用シューズ、衣類および競技場内へ持ち込む物品等の確認を受けた後、競技役員の誘導に従って入場する」とあり、シューズの規定についても「競技前に確認した場合は、そのシューズの使用を認めない。招集後に規定外のシューズの使用が確認された競技者は、失格とする」と明記されています。全国大会レベルでは、その場で止められると考えておくべきです。

現場の運用は、各地の中体連・陸協が顧問向けに出している文書からも見えてきます。神戸市の中学校陸上競技部が配布した連絡文書(PDF)は、規定外シューズを使う選手は第1招集場で自己申告する運用を示し、家庭でできる簡易測定として「かかとに定規を差し込んだ値を靴の高さから引く」方法を例示しています(例: 200mm−172mm=28mm。ただしこれは2020年の移行期間中の文書で、当時は規定外シューズでも自己申告のうえリザルトにTR5と表記して出場できるという特例運用でした。数値も旧規定時代のもので、現行では規定外シューズは失格です)。滋賀県中学校体育連盟陸上競技部が2025年度の近畿中学駅伝向けに出した使用禁止シューズ一覧例(PDF)には、レース用の厚底だけでなく、ノヴァブラスト5やズームフライ6といった練習用として普及しているモデルも40mm超として名指しされています。

大阪中体連陸上競技部の通知(PDF)は、新入部員がアップシューズで競技会に出場することはできないと明記しています。長崎陸協の案内(PDF)にあるとおり、厚さの基準はおおむね26.5〜27.0cmのサイズで定められているため、足のサイズによっては同じモデルでも測定値が規定を超えることがあります。なお日本陸連は2025年3月の再周知で、承認リスト上の仕様と実物が合致すると目視で確認できれば、厚さの計測は不要だとしています。

公認競技会で使えるかどうかは、①WA承認シューズリストに掲載されている ②使用開始日を経過している ③リスト上で当該種目での使用が認められている、の3点で決まります。

承認リストの使い方(買う前の3ステップ)

  1. World Athleticsの承認シューズリストを開き、メーカー名かモデル名で検索する
  2. 該当モデルの行で、使用が認められている種目の区分(トラック/ロードなど)と使用開始日を確認する。トラック種目で履くなら、トラックで可となっていることが条件です
  3. リストに載っていないモデルは、会場での実測の対象になり、規定を超えていればその場で失格になります。中高生は、載っていない靴は選ばないのが安全な判断です

全天候トラックを走る中長距離ランナーの脚部とシューズ

厚底シューズはどれくらい速いのか|「4%」の正体

「厚底は4%速い」という数字を聞いたことがあると思います。出どころは1本の論文です。

4%はタイムではなくランニングエコノミーの改善率

Hoogkamerらが2018年にSports Medicine誌に発表した研究は、10kmを31分未満で走る男子ランナー18名を対象に、3種類のシューズで14・16・18km/hの3速度を走らせ、エネルギーコストを測定しました。その結果、プロトタイプ(後のヴェイパーフライ)は他の2モデルより4.16%・4.01%低いエネルギーコストを示しました。

ここで押さえるべきことが3つあります。

  1. これはランニングエコノミー(同じ速度で走るのに必要なエネルギー)の改善率であって、タイムが4%縮む話ではありません。
  2. 比較の際、シューズの重量を鉛の粒で揃えています。重量差を含めればもう少し大きくなりますが、逆に言えば「4%」は素材と構造の効果に絞った数字です。
  3. この研究はNike, Inc.との契約により支援され、共著者2名はNike社員、1名はNikeの有償コンサルタントであることが論文に明記されています。数字自体は査読を通っていますが、この背景は知っておくべきです。

なぜ速くなるのか

同じ研究グループが2019年に発表したバイオメカニクス研究は、代謝的な節約の要因として、①ミッドソールのフォームによる優れたエネルギー貯蔵 ②カーボンプレートが足関節の力学に及ぼすてこ効果 ③プレートによる母趾球(MTP)関節の剛性化の3つを挙げています。

意外に思われるかもしれませんが、同研究はカーボンプレートを曲げることによるエネルギー貯蔵・返還はほとんど起きていないと報告しています。「板がしなって跳ね返る」というイメージは、少なくともこの研究では支持されていません。主役はフォーム、プレートは足首と母趾球の動き方を変える役、という整理になります。

メタ解析ではどう評価されているか

1本の研究だけで判断するのは危険なので、複数の研究をまとめた分析も見ておきます。

Stephenらが2025年にJournal of Sport and Health Science誌に発表したシステマティックレビューは、2,453本をスクリーニングして48研究(計878名)を統合し、先進的なシューズ技術が酸素摂取量を有意に低下させたと報告しました(効果量は小〜中程度)。ただし同レビューは、プレートの曲げ剛性だけ、ミッドソールのエネルギー返還だけでは有意な効果が出ず、両者の相互作用によって効果が生じているとしています。

重要なのは、同レビューの著者らがエビデンスの確実性を限定的と評価している点です。「4%」という数字の印象ほど、この分野の知見は固まっていません。Kobayashiらによる、プレートの効果に絞ったメタ解析(2026年)でも、代謝的な負担の低下はおおむね2〜3%(平均−2.75%)と報告されています。

上り坂では利得が小さくなる

2026年にScandinavian Journal of Medicine & Science in Sports誌に掲載された研究は、勾配による違いを報告しています。平地での4.22%に対し、勾配3%で2.42%、6%で1.05%、9%で0.52%と、上り坂になるほど利得が急速に小さくなるという結果でした。アップダウンの大きいコースやクロスカントリーでは、平地のロードほどの恩恵は期待しにくいということです。

効果には個人差がある|「履いたのに速くならない」

ここが、上位の解説記事がほとんど触れていない部分です。

日本人選手の研究では最大17.2%改善、1名は悪化

丹治史弥らがランニング学研究34巻(2023年)に発表した研究は、長距離選手10名を対象に、ヴェイパーフライ ネクスト%とズームストリーク7を比較しました。

  • ランニングエコノミーは平均で**5.7%**改善
  • 最も改善した選手は17.2%
  • 一方で、1名はランニングエコノミーが4.3%悪化

論文は「すべてのランナーがヴェイパーフライを履くことでランニングエコノミーの改善という恩恵を受けられるわけではない」と結論づけています。

トラックスパイクとの比較では、悪化する人もいる

Barnesらが2019年に発表した研究では、よく訓練されたランナー24名を対象に、厚底ロードシューズとトラックスパイクを比較しています。平均では厚底が2.6%優れていましたが、個人差の幅は+0.50%から−5.34%でした。プラスの値、つまりトラックスパイクのほうが良かった被験者が存在したことを意味します。

さらに、Knoppらが2023年に世界クラスのケニア人ランナーとヨーロッパのアマチュアを比較した研究では、変化の幅が**−11.3%から+11.4%**にまで広がっています。

トラック用の厚底スパイクという選択肢

「厚底=ロード用」と思われがちですが、トラック用のスパイクにもミッドソールを厚くしてプレートを入れたモデルがあります。こちらは20mmの上限の中で設計されているので、中長距離のトラック種目で使うなら、ロード用厚底ではなくこちらが選択肢になります。

ただし、上のBarnesらの研究で「トラックスパイクのほうが良かった被験者がいた」ことを思い出してください。厚底スパイクが常に速いわけではありません。1500mや3000mでどちらを選ぶかは、実際に両方で走って比べるのが唯一の方法です。なお、Mackalaらが2025年に発表したジュニア年代(17〜19歳)のスプリンター12名を対象にした研究では、50m走の範囲ではカーボンプレート入りスパイクと通常のスパイクに有意差は見られませんでした。短い距離ほど、プレートの恩恵は出にくいと考えられます。

短距離でも似た悩みは出ています。為末大氏のYouTubeチャンネル「為末大学」に届いた質問(2025年3月公開)では、中学3年のスプリンターが、2年時の11秒66から3年時は11秒52と伸びが小さかった原因を「厚底スパイクに変えてしまったせいか」と考え、「走りやすいと思うのは薄底スパイク」だと打ち明けています。用具を替えた年は、記録の伸びを用具のせいにも用具のおかげにもしやすいものです。替える前と後の記録と感覚を並べて残すことが、判断を誤らない手段になります。

合う人・合わない人に傾向はあるのか

丹治らの研究は、個人差の中身にも踏み込んでいます。最も改善した選手(17.2%)は、支持期の足関節背屈・股関節屈曲・足関節内旋が平均から1標準偏差を超えて異なっており、逆に悪化した選手は膝関節内旋が1標準偏差を超えていました。走り方の癖によって、同じ靴でも結果が変わるということです。

国内では、大学男子長距離選手15名を対象にした研究(日本臨床スポーツ医学会誌、2025年)が、厚底シューズでは接地時間が2.3%短く、滞空時間が6.4%長くなったと報告しています。**接地の局面が変わる以上、脚にかかる負担のかかり方も変わります。**これが「合う・合わない」の実体だと考えると理解しやすいはずです。

自分に合うかを確かめる方法

「平均4%」は集団の話であって、あなたの数字ではありません。確かめ方はシンプルです。

  • 同じコース・同じ距離・同じ体感強度で、シューズだけを変えて走り、タイムと心拍を比べる
  • 1回では判断しない。最低3回ずつ、条件の近い日に行う
  • 走った直後だけでなく、翌日のふくらはぎと足裏の張りも記録する

比較の記録は練習ノートに残しておくと判断がぶれません。ふくらはぎや足裏の違和感が出るなら、それは合っていないサインかもしれません。

中高生が厚底を履く前に考えたいこと

1. 故障リスクは「まだわかっていない」が正確

「厚底は疲労骨折を招く」という話を聞くことがありますが、2026年9月時点で因果関係を示した研究は見当たりません。あるのは次のようなものです。

  • Tenfordeらが2023年にSports Medicine誌に発表した論文は、競技志向のランナーに生じた足舟状骨疲労骨折5例の症例集積であり、著者ら自身が「この靴と傷害の関連は臨床的に議論されてきたが、文献に記載されたことはない」と書いています
  • そのほかにあるのは、横断的なバイオメカニクス研究と、対照群のない自己申告アンケート、コンピュータ・シミュレーションです

「危険だと証明されている」も「安全だと証明されている」も、どちらも言えないのが現状です。そのうえでTenfordeらは、習慣的に履いてきた靴からカーボンプレート入りへは、ゆっくり段階的に移行すべきだと提言しています。これは今日から実行できる、根拠のある注意点です。すねの内側に痛みが出た場合の見極めはシンスプリントの治し方にまとめています。痛みが続くときは早めに医療機関を受診してください。

現場の声も同じ方向を向いています。RKB毎日放送の報道(2025年9月)で、スポーツ用品店アルペン福岡のランニング担当者は、カーボン入りは「足首への負担が大きくなってしまうので、ケガのリスクが上がってしまう。走り慣れていない方はカーボンが入っていないシューズがいい」と話し、ジュニア世代には「かかとが硬いとその分、安定性が上がる」靴を勧めています。箱根駅伝出走の経歴を明かしている元大学ランナーは自身のnoteで、学生時代に厚底カーボンの使い方が分からないまま使い続けた結果アキレス腱の痛みに見舞われたこと、足首とふくらはぎで反発をもらおうとしていたのが原因で、お尻から地面を押す走りに変えて改善したことを書いています。競技の現場でも使い分けは進んでいて、Number Webの記事(2024年1月)は、早稲田大学が前年の夏合宿で厚底カーボンシューズの使用を禁止したこと、エリウド・キプチョゲがスピード練習に限って厚底を使い、ほかは別のモデルを使い分けていることを紹介しています。移行は段階的に、練習の全部を厚底にしない——研究と現場の結論は一致しています。

2. 成長期を対象にした研究は、存在しない

さらに正直に書いておきます。中学生・高校生の成長期の身体に厚底カーボンプレートシューズがどう影響するかを調べた研究は、確認できませんでした。

つまり中高生の厚底使用について、「エビデンスに基づく推奨」は現時点で存在しません。判断材料がない以上、移行を急がない・練習量が増える時期に新しい靴へ替えない・違和感が出たら戻せるようにしておくといった保守的な運用が現実的です。

3. 練習用とレース用を分ける

費用の面からも、使い分けは合理的です。厚底のレーシングシューズは高価で、しかも消耗品です。日常のジョグやポイント練習まで1足でまかなうと、レース前に反発が落ちた状態で本番を迎えることになりかねません。

  • 練習の大半は、耐久性のあるトレーニングシューズで
  • レース用は、レースと、その直前に感覚を合わせる数本の流しに絞る
  • 買い替えの判断がしにくいので、使い始めた日と、それまでの走行距離を記録しておく

レース用の1足は、練習用より高価になりがちです。中高生の場合は、スパイクを先に揃えるのが基本で、ロード用の厚底はロードレースや駅伝に出る予定ができてから考えれば十分です。トラック種目しか出ないのであれば、そもそもロード用の厚底は使えません。

厚底は見た目が減りにくく、寿命が判断しづらいのが厄介なところです。だからこそ距離の記録が効きます。シーズンを通した練習の組み立て方は陸上の冬季練習メニューを、スパイクそのものの選び方は陸上スパイクの選び方を参照してください。用具全般の考え方は用具・シューズガイドにまとめています。

厚底の弱点を5つに整理する

  • トラック種目では使えない(ロード用厚底の多くは20mmを超える)
  • 高価で、しかも消耗品。反発の低下が見た目では分かりにくい
  • 故障との関係は未解明。安全とも危険とも証明されていない
  • 効果に個人差があり、悪化する人もいる(前述の研究に実例あり)
  • 練習用とレース用の使い分けと管理に手間がかかる

よくある質問

Q1. 中学の大会でヴェイパーフライを履いてもいいですか

トラック種目なら、靴底が20mmを超えるモデルは使えません。ロード用の厚底シューズの多くは20mmを超えるため、トラックでは不可になります。まず承認シューズリストで型番と使用可能種目を確認してください。規定外での出場は失格の対象です。

Q2. 練習で履くだけなら規定は関係ありませんか

規定は競技会に適用されるものなので、練習で履くこと自体は自由です。ただし試合で履けない靴で練習を積むと、本番で感覚が変わります。レースで履く靴で、レースに近い強度の練習を何回か通しておくのが安全です。

Q3. 厚底を履くと脚の筋力が落ちますか

そう断定できる研究は確認できませんでした。ただし厚底ではフォームや関節の使い方が変わることが複数の研究で報告されています。練習のすべてを厚底に置き換えるのではなく、練習では別の靴も使うほうが無難です。

Q4. 靴底の厚さはどうやって調べればいいですか

自分で測る必要はありません。承認シューズリストに掲載されているモデルは、競技会場での厚さ計測が不要とされています。型番の調べ方は本文「承認リストの使い方」の3ステップを参照してください。

Q5. 小学生の大会は本当に規定の対象外ですか

日本陸連のQ&Aでは、小学生は公認記録の対象ではないため適用外とされています。ただし「競技会の要項でこのルールを適用することを明記している場合には、要項の記載が優先されます」とも書かれています。要項を必ず確認してください。

まとめ

陸上競技の厚底シューズは、まずトラック20mm・道路40mmを押さえるところから始まります。「800m以上は25mm」は2024年10月末までの旧規定で、いま参照すべきものではありません。中学・高校の公認競技会にも規定は適用され、規定外のシューズは失格になります。買う前に承認シューズリストで型番を確かめ、大会ごとに要項を読む。これだけで、当日のトラブルはほぼ防げます。

効果については、「平均で4%前後のランニングエコノミー改善」が現在の知見です。ただしそれは集団の平均で、日本人選手を対象にした研究でも最大17.2%から4.3%の悪化まで幅があります。**自分に効くかどうかは、自分で確かめるしかありません。**そして成長期への影響を調べた研究は、まだ存在しません。焦って移行する理由はどこにもないということです。

シューズを替えたときのタイムと体の反応は、記録に残しておくと判断がはっきりします。陸上練習ノートアプリ「TRACK HUB」なら、練習ごとに使った靴と記録、コンディションを残しておけるので、「どの靴のときに調子が良かったか」を後から見返せます。数字が揃えば、次の1足の選び方も変わってきます。