バトンパスのコツは、手の形でも声のかけ方でもなく「マークを何足長に置くか」から決まります。日本陸上競技連盟(以下、日本陸連)の公式手引きは「まずは20足長ほど離したところにマークを置いて試してみましょう」「走力によるが、15〜25足長ほど離れる」と具体的な数字を示しています。この数字が決まらないまま手の形だけ練習しても、タイムは動きません。
この記事の対象は、30mのテイクオーバーゾーンを使う公認競技会で4×100mリレーを走る、中学・高校の競技者と指導者です。
この記事でわかること
- 日本陸連の公式手引きが示すマークの初期値「20足長」と、15〜25足長のどこに置くかの決め方
- 「詰まった」「間延びした」を何足長ずらして直すか(国体優勝チームの実測データつき)
- 手を挙げている時間が30m通過タイムをどれだけ遅くするか(高校生の光電管計測データ)
- オーバーハンドとアンダーハンドの選び方と、「利得距離が大きい=速い」ではない理由
- 走順と持つ手の決め方、4×400mRで逆になるポイント
バトンパスのコツは「マークを20足長から決める」こと|結論から
縮められる幅は3か所で0.3秒前後
日本陸連の『中学校部活動における陸上競技指導の手引き』リレーの章(PDF)は、リレーの面白さをこう説明しています。
4人の100m走のベストタイムの合計よりもリレーのタイムのほうが速くなる場合があります。その理由は、1走以外の選手は加速をした状態からほぼ100mを走るからです。
同手引きは実例として、リオデジャネイロオリンピックで銀メダルを獲得した男子チームのリレータイムが「4人の100m走のベストタイムの合計より2.76秒速かった」と記しています。
ただし、この2秒台はバトンパスの技術で新たに削れる幅ではありません。1走以外が静止からではなく加速した状態で走り始めるという、リレーという競技の構造から生まれる差です。練習で実際に動く幅は、後述する2つの一次データで見るとこうなります。
- マークの設定を変えただけ:国体で優勝したチームは、3か所合計のバトンタイムを準決勝の7.09秒から決勝の6.75秒へ、0.34秒縮めています
- 手を挙げている時間によるロス:高校生の光電管計測で、3か所合計およそ0.2〜0.5秒
つまり狙える幅は3か所で0.3秒前後というのが現実的な見立てです。
それでも十分に大きい数字です。100mで0.3秒を縮めるには数か月かかりますが、バトンパスの0.3秒はマークを1足長動かすだけで手に入ることがあります。
コツの優先順位は「マーク → 挙げている時間 → 手の形」
多くのチームが手の形から入りますが、順番が逆です。手引きの要点は1つで「重要なことは、前走者のスピードを落とさずにバトンパスを行うこと」。前走者が緩むのは、ほぼマークの位置が原因です。
| 優先順位 | 決めること | 判断の基準 |
|---|---|---|
| 1 | マークを何足長に置くか | 前走者が最後まで緩まないか |
| 2 | 手を挙げている時間 | 挙げてから何歩で受け取れているか |
| 3 | 手の形・角度・声 | バトンが確実に収まるか |
この順で直すと、1回の練習で変えるのは1か所だけになります。3つを同時にいじると、何が効いたのか分からなくなります。
マークの決め方|「まずは20足長」から始める手順

Step 1:足長で測る
マークの単位はメートルではなく足長(足の長さ)です。日本陸連の手引きも、後述する研究論文も、日本代表チームも足長で統一されています。定規がなくても、かかとからつま先を継いで歩けば測れるからです。
- 測る人を1人に固定する。次走者本人が測るのが基本です。人が変われば足の長さも変わります
- 起点はテイクオーバーゾーンの入口ライン。ここから前走者が来る方向へ、かかととつま先を継いで足長を数えます
- 20足長のところに粘着テープを貼る。競技規則で認められているマーカーは、最大50mm×400mmの粘着テープを1か所だけです(TR24.4)。それ以外のマーカーは使えません
- 貼った足長の数を必ずメモする。次のレースの基準になります
この作業は日本代表クラスでも簡単ではありません。日本陸連の男子4×100mリレー日本代表 合宿レポート(2026年7月17日)でも、受け手側の課題の筆頭は「スタートマークの足長を決めるのが難しい」でした。
Step 2:15〜25足長のどこに置くか
手引きの図には「前走者がこのマークに来たらスタートする(走力によるが、15〜25足長ほど離れる)」と注記されています。20足長は出発点で、最終的な位置は前走者と次走者の走力の組み合わせで決まります。
考え方はシンプルで、前走者が速い(または次走者の加速が遅い)ほどマークは遠く、その逆なら近くします。
| 組み合わせ | マークの目安 | 理由 |
|---|---|---|
| 前走者が速く、次走者の加速が遅い | 22〜25足長 | 追いつかれるまでの時間を長く取る |
| 走力が近い、標準的な組み合わせ | 20足長前後 | 手引きの初期値 |
| 前走者が遅い、または次走者の加速が速い | 15〜18足長 | 早く出ると前走者が追いつけない |
※足長の範囲は日本陸連の手引きの記述、組み合わせごとの配分は編集部が同手引きの「走力によります」という原則を整理したものです。
初回は必ず20足長で1本走ってから調整します。共通の出発点がないと、詰まり・間延びの基準が持てません。
Step 3:ゾーンの中から走り出す
2018年の規則改正で、ルールが1つ増えました。日本陸連の2018年度競技規則修改正のポイント(PDF)は「全てのバトンパスにおいて、テイク・オーバーゾーンの外から走り出してはならない」としており、現行の競技規則TR24.21も同じ内容です。監察員は「次走者がバトンを受取る動作を開始する前に、その足がゾーンに完全に入っていること」を確認します。ゾーンの手前から助走をつけて入ることはできません。
詰まる・届かないの直し方【症状別】
まず、症状に名前をつける
バトンパスの失敗は2種類しかありません。山梨学院大学の太田涼氏がスポーツパフォーマンス研究(2018年、10巻1-14頁)に発表した論文(PDF)は、この2つを次のように定義しています。
詰まったバトンパス:渡し走者と受け走者の距離が近くなりすぎて、渡し走者が通常の疾走よりもスピードを緩めた状態でパスの受け渡しを行ってしまったバトンパスのこと。
間延びしたバトンパス:渡し走者と受け走者の距離が遠くなりすぎて、受け走者が通常の加速よりもスピードを緩めた状態でパスの受け渡しを行ってしまったバトンパスのこと。
見分け方はどちらの走者が緩んだかです。前走者が「追いついて走れなかった」なら詰まったパス、次走者が「後ろから来ないので待った」なら間延びしたパスです。
症状別・修正早見表
| 症状 | 起きていること | マークの動かし方 |
|---|---|---|
| 前走者が最後に減速した/次走者に追いついた | 詰まったパス | マークを遠くする(数字を大きく) |
| 次走者が加速を緩めて待った/振り返った | 間延びしたパス | マークを近くする(数字を小さく) |
| ゾーンの終わり際でようやく渡った | 間延び寄り。オーバーゾーンの危険あり | マークを近くし、挙げるのを1〜2歩遅らせる |
| ゾーン入口すぐで渡り終わった | 詰まり寄り。ただし加速が良ければ許容 | まず加速の質を確認してから判断 |
太田氏の論文も「『詰まったパス』の解消にはチェックマークの延長が必要になる」と、この対応関係を明記しています。
動かす量は0.5〜2足長
「では何足長動かすのか」に答えている記事はほとんどありません。前掲の太田氏の論文は、国民体育大会の成年少年女子共通4×100mリレーで優勝したチームのマーク設定を、レースごとに記録しています。流れはこうです。
- 予選:確実に渡すため短めのマークで臨み、パス完了地点がゾーン入口寄りに寄って詰まったパスと判断された(ただし受け走者の加速そのものは良好だった)
- 準決勝:予選と同じマークのまま走ったところ、受け走者の加速がさらに高まり、今度は間延びしたパスになった
- 決勝:間延びを解消するため短縮。ウォーミングアップで2走→3走を0.5足長、3走→4走を1足長短縮し、本番は1走→2走を据え置いたまま残る2か所を準決勝より短縮(とくにアンカーへは2足長短縮)。結果、バトンタイムも疾走タイムも3レース中で最良になった
1回の修正あたり0.5〜2足長が実務の幅です。一度に3足長も5足長も動かすのは、原因が別のところにあるサインだと考えてください。
なお同論文の中核にあるのは、「詰まったバトンパスになることを許容するマーク設定によって、受け走者の充実した加速を引き出す」という考え方です。詰まりは常に悪ではなく、次走者が迷いなく全力で出られることのほうが優先されます。
日本代表でも量は同じでした。前掲の合宿レポートで、小室選手は1本目がつながらなかった理由を「足長が少し遠かった」とし、「(2回目は)最初の足長から1足分詰めて行った。2回目はうまくつながったと思う」と振り返っています。
この調整の重みを世界の舞台で示したのが、東京オリンピック男子4×100mリレー決勝です。1走・多田修平から2走・山縣亮太へのバトンが渡らず、日本は途中棄権となりました。日本陸連でリレーを統括してきた土江寛裕ディレクターの振り返り(時事ドットコム)によれば、決勝で山縣はマークを予選から約20cm遠ざけて早めにスタートを切っており、その出足の鋭さは陣営の読みを上回っていたといいます。1足長にも満たない調整が、世界の決勝で成否を分けています。
マークを動かす前に確認する3つのこと
この事例でコーチは、予選で詰まったパスになったにもかかわらず準決勝でマークを動かしませんでした。受け走者の加速そのものは良かったからです。
- 次走者は本気で加速したか。ミスを恐れて出足を緩めていれば、マークの問題ではありません
- 前走者は最後の20mでいつも通り走れていたか。疲労や向かい風が原因のこともあります
- 前回と同じ条件だったか。風・路面・スパイク・アップの量が違えば結果は変わります
同論文も、その都度の結果に反応して動かせばよいわけではなく、選手の特性を見極めて次に起こることを見通す判断が重要だ、と述べています。
風と雨の日の考え方
- 向かい風:前走者の終盤の速度が落ち、次走者に追いつききれず間延びしやすくなります。マークは近く(数字を小さく)する方向です
- 追い風:前走者が伸びるため詰まり寄りになります。マークを遠くする方向ですが、次走者も加速しやすいので、まずアップのパスで確認します
- 雨:バトンが滑ります。競技規則TR24.5では、受け取りやすくする目的で手袋をはめることは認められていません。前述の「詰まりを許容する」考え方の出番で、マークはむしろ近くし、前走者の多少の減速を受け入れてでも確実に渡すほうが安全です。雨天のグリップは陸上スパイクの選び方でピンとアウトソールの考え方をまとめています
受け手と渡し手のコツ|挙げる時間・手の形・オーバーとアンダーの選び方

手を挙げるだけで30m通過が遅くなる
オーバーハンドパスでは、次走者は腕を後ろに伸ばして待ちます。この「挙げている」状態が走りを妨げることは知られていますが、計測した資料は多くありません。
愛知県立三好高等学校の陸上競技部が公開している生徒研究「4×100mリレーの考察〜オーバーハンドパスによる次走者の挙上時間が記録に及ぼす影響〜」(PDF)は、同校陸上部の短距離男子28人・女子5人を対象に、光電管で30m区間を2条件で計測しています。
- 挙上×:30mをそのまま走る
- 挙上○:30mのうち6m区間で手を挙げて走る
| 対象 | 挙上×(平均) | 挙上○(平均) |
|---|---|---|
| 男子(28人) | 4.52秒(±0.42) | 4.57秒(±0.39) |
| 女子(5人) | 4.90秒(±0.23) | 5.00秒(±0.16) |
同研究は結果として、「男子の挙上×から挙上○のタイムが0.18秒(±0.17)遅くなった」「女子の挙上×から挙上○のタイムが0.12秒(±0.11)遅くなった」と記しています(原典は、平均値どうしの差として男子0.07秒・女子0.09秒というより小さい集計値も併記しています)。
そのうえで同研究は、リレーメンバー(2走・3走・4走)の実測差を合計した値として男子0.17秒、女子0.47秒を挙げ、「タイム差をできるだけ縮めることを視点にすると男女どちらも6mより距離を縮める必要がある」(とくに女子は差が大きい)と結論づけています。
いずれの読み方でも、3か所の挙上で生じるロスはおよそ0.2〜0.5秒という桁感です。なお同研究の動機欄には、同校女子4×100mRのベスト49秒33に対し、最もパスを失敗したレースは50秒25と約1秒差だったことも記されています。パスが崩れたときの損失は、この比ではありません。
もう1つ重要なのが、経験の差です。挙上ありとなしのタイム差は、男子の経験者0.06秒に対し未経験者0.12秒、女子の経験者0.01秒に対し未経験者0.15秒でした。挙げながら走る技術は、練習すれば損失が小さくなるということです。
強豪校は「挙げてから2〜2.5歩」で受け取る
同研究は、東海大会の決勝に進出した強豪校の映像から、3走から4走への挙上時間も計測しています。
| チーム | 挙上時間 | 挙げてから受け取るまで |
|---|---|---|
| 男子・強豪校 | 0.565秒 | スタートから7歩目で挙上、2.5歩で受け取り |
| 男子・三好高校 | 0.680秒 | 10歩目で挙上、4歩で受け取り |
| 女子・強豪校 | 0.725秒 | 5歩目で挙上、2歩で受け取り(原典表記は「5歩目でバトンを渡し」) |
| 女子・三好高校 | 0.980秒 | 5歩目で挙上、3歩で受け取り |
差は挙げてから受け取るまでの歩数に出ています。強豪校は2〜2.5歩、三好高校は3〜4歩で、同研究は「次走者がスタートしてからの歩数も挙上時間も縮める必要がある」と結論づけています。
練習で使える基準はここです。挙げてから3歩以内で受け取れているかを動画で数えてください。4歩以上かかっているなら、挙げるのが早すぎるか、マークが遠すぎて前走者が追いつけていない(=間延び寄り)かのどちらかです。逆に挙げる間もなく渡ってしまうなら、マークが近すぎます。
手の形より、目線が下がっていないか
手の形は、挙げている時間を短くしたうえで整えるものです(構えの違いは後述の比較表に)。オーバーハンドなら手のひらは真後ろ、親指と人差し指を開いて広い受け皿を作ります。形そのものより大事なのは、毎回同じ高さに挙がることです。日本代表の合宿でも「上げる手の高さや位置が安定しない」が受け手の課題に挙がっており、高さが毎回変わる手は渡し手には狙えません。
前掲の三好高校の研究は、挙上でタイムが落ちる理由を「腕を片方でしか振ることができないためバランスが崩れる」「前傾の状態で挙上することにより目線が下がり正しいフォームを維持できない」と考察しています。手を挙げたときに目線が下がっていないかは、動画で確認できる数少ないチェックポイントです。
後ろを振り返ってはいけない理由
4×100mRで次走者が振り返ると、体幹がねじれて加速が止まります。太田氏の論文が引く杉浦・沼澤(1994)の分析では、世界選手権の女子24例のうちゾーン後半で完了したのは6例で、うち4例は受け走者が後ろを向くか速度を下げていました。見ないで受け取るための道具が、マークです。
渡し手(前走者)の4つのコツ
1. マークを通過した瞬間の走りを変えない。 マークは次走者のための目印で、前走者が何かを変える合図ではありません。
2. バトンは下半分を握る。 上半分を空けておかないと、受け手の手に収まる場所がなくなります。渡したあと自分の手がバトンに残らない位置を、練習で決めておきます。
3. 声は「渡す直前」に短く。 基準は次走者の手が挙がってから1歩以内。早すぎると挙げている時間が延び、遅すぎると受け取り損ねます。前掲の合宿レポートでも「前走者の“ハイ”の掛け声が遠く感じる」が受け手の課題に挙がっており、風の強い日は普段より早く・大きくが原則です。
4. 押し込むまで減速しない。 競技規則TR24.7は、バトンパスが「受け取る競技者の手の中に完全に渡り、唯一のバトン保持者となった瞬間に成立する」と定めています。触れた瞬間はまだ完了ではありません。
日本代表がオーバーハンドで最初につまずいた点
前掲の合宿レポートには、長年アンダーハンドを使ってきた選手たちがオーバーハンドを試した初日の課題が残っています。中高生がぶつかる壁とほぼ同じです。
- 渡す側:「次走者がスタートした直後の自身との距離がすごく遠く感じる」「バトンを渡す際の声掛けのタイミングが難しい」
- 受ける側:「スタートマークの足長を決めるのが難しい」「バトンをもらう手が自分で思っているほど高く上がっていない」「上げる手の高さや位置が安定しない」
選手たちは1本ごとに映像を見て、自分の感覚とコーチの指摘をすり合わせていました。感覚だけで直さない進め方は、そのまま部活に持ち込めます。走力を上げる練習は100mが速くなる方法にまとめています。
オーバーハンドとアンダーハンドの違い
| オーバーハンドパス | アンダーハンドパス | |
|---|---|---|
| 構え | 後ろに手のひらを向けて腕を伸ばす | 腰のあたりで手のひらを下に向ける |
| 渡し方 | 前に押し出すように渡す | 下からバトンを渡す |
| 利得距離(走者間の距離) | 長くとれる | 短くなる |
| 走りやすさ | 腕を後方に高く上げるのでやや走りにくい | ランニングに近いフォームで走りやすい |
| 落とす危険性 | ー | ほぼ手渡しなので低い |
日本陸連の陸上競技用語集(PDF)では、アンダーハンドパスは下から渡す「アップスウィープ」、オーバーハンドパスは上から重ねる「ダウンスウィープ」とも呼ばれ、実際には受け手が手のひらを渡し手に向けて構え、そこに押し込む「プッシュイン」が多いとされています。
「利得距離が大きい=速い」ではない
オーバーハンドは利得距離を長くとれますが、それがそのままタイムの短縮になるとは限りません。太田氏の論文が整理する先行研究では、次のことが報告されています。
- 福島ほか(2010):オーバーハンドパスでは利得距離が有意に大きかったにもかかわらず、バトンタイムには有意な差が認められなかった
- 佐久間ほか(2008):バトンゾーン所要時間はアンダーハンドパスの方が有意に短かった。被験者の80%がアンダーハンドの方が受け渡ししやすく加速しやすいと回答した
太田氏自身の国体での実測も同じ方向を示しています。3か所のパスの利得時間(受け走者がゾーンを走るタイムから、バトンがゾーンを通過するタイムを引いた値)が大きかった準決勝はバトンタイム7.09秒で最も遅く、利得時間が小さかった予選(6.83秒)と決勝(6.75秒)のほうが速いという結果でした。
理由は明快です。利得距離を大きく取ろうとすると受け手は腕を伸ばして待つ時間が長くなり、加速が鈍ります。稼いだ距離を、鈍った加速で失っています。
現場の言葉も同じ方向です。日本代表にアンダーハンドパスを導入した高野進氏は、その方針を「利得距離よりも、近づいて安全に、かつ高速で渡す」と語っています(Number・朝原宣治×山縣亮太対談)。北京オリンピック銀メダルのアンカー・朝原宣治氏もスポーツナビのインタビューで、現代のリレーは「パスの距離が開いて点で渡さないといけない」と述べています。距離を取るほど、渡す瞬間の精度が求められるということです。
中学生・初心者はどちらから始めるか
アンダーハンドから始めるのが無難です。 手引きが挙げる利点「ランニングに近いフォームで走りやすい」「ほぼ手渡しするのでバトンを落下させる危険性が低い」は、どちらも習得初期に効きます。太田氏の論文が紹介する福島ほか(2010)の指摘も、「バトンパスミスを恐れ、思い切りのないスタートを繰り返すよりは、成功体験を積み重ね、次第にリスクを伴うものの速さを求める方が、とくに学習の初期段階では望ましい」というものです。
なお日本代表チームは2001年からアンダーハンドパスを採用してきましたが、2026年はオーバーハンドパスでのレースに挑戦しています。前掲の合宿レポートで強化担当者は、これは方向転換ではなく「アンダーの財産があるからこその取り組み」であり、2028年ロサンゼルスオリンピックで最終的にアンダーハンドに戻ることもあり得ると説明しています。その試技の場のひとつが、自国開催となる2026年9月のアジア大会です。日程と日本代表の見どころはアジア大会2026 陸上の日程と日本代表の見どころにまとめています。
ルールと走順|ゾーン・落球・4×400mR・持つ手

テイクオーバーゾーンは30m(2018年から)
日本陸連の競技規則(第2部 トラック競技・PDF)TR24.3は、次のように定めています。
4×100m、4×100m男女混合、4×200mの全走者間(中略)のテイク・オーバー・ゾーンは30mとし、ゾーンの入口から20mが基準線となる。(中略)4×400m、4×400m男女混合およびそれ以上の距離で行われるリレー種目のテイク・オーバー・ゾーンは基準線を中心に20mとする。
改正前は20mの受け渡しゾーンと10mの助走区間が別々に引かれており、2018年の規則改正で1つの30mゾーンに統合されました。
手引きは、改正に合わせた改修が済んでいない競技場もあると注意を促しています。練習で使う競技場のラインが新旧どちらかは、必ず現地で確認してください。
バトンを落としたときは誰が拾うか
TR24.6は「もしバトンを落した場合、落とした競技者がバトンを拾って継続しなければならない」と定めます。落としただけでは失格ではありません。判断が分かれるのはパスの最中に落としたときで、同条の注釈が明確に区別しています。
- パスが開始され、完了していない状態で落とした → **渡し手(前走者)**が拾う
- パスが完了し、受け手が唯一の保持者となった後に落とした → 受け手が拾う
拾うためにレーンを離れることは認められますが、走る距離が短くなることと他の競技者を妨害することは許されません。
もう1つ、勘違いの多いルールがあります。TR24.7は「テイク・オーバー・ゾーン内でのバトンの位置のみが決定的なものであり、競技者の身体の位置ではない」と定めています。足がゾーンから出ていてもバトンがゾーン内にあれば有効で、逆に体がゾーン内でもバトンが出ていれば失格です。判定は「バトン全体」で見ます。
なおTR24.5では、バトンは長さ280mm〜300mm、直径40mm(±2mm)、重さ50g以上と定められています。まとめサイトでよく見る「周長12〜13cm」は現行規則の文言ではありません。規則が定めているのは直径です。
4×400mRで逆になる3点
| 4×100mR | 4×400mR | |
|---|---|---|
| テイクオーバーゾーン | 30m(入口から20mが基準線) | 20m(基準線を中心に前後10m) |
| レーン | 全区間でレーンを走る(TR24.14) | 第1走者はレーン、第2走者はブレイクラインまで(TR24.17) |
| 待機の位置 | 自分のレーン内 | 前走者が第二曲走路入口を通過した順に内側から並ぶ(TR24.22) |
3つ目が特に重要です。TR24.22は、4×400mRの第3・第4走者について「前走者が第二曲走路入り口を通過した順序で、内側より並び待機する」「バトンを受け取るまで入れ替わることは認められない」と定め、違反すれば失格としています。国内競技会では、第二曲走路の入口にフィールド内1〜2mの黄旗が立てられます。
つまり4×400mRでは次走者が前走者の位置を見て並ぶ必要があるため、後ろを見ないという4×100mRの原則がそのままでは通りません。別の技術だと考えてください。
走順の決め方|公式の規定はない
公式の指導資料に走順の決め方の規定はありません。ただし、4×100mRの構造から導ける原則があります。
1走だけがブロックスタートを使う。 静止からのスタートは1走だけの仕事なので、クラウチングスタートが得意な選手を置きます。
1走・3走は曲走路、2走・4走は直線。 曲走路が苦手な選手を1走・3走に置くと、その区間だけで失速します。
走行距離だけを見れば、走力上位は2走・3走。 1走はスタートからパス地点まで、4走はパス地点からフィニッシュまでですが、2走と3走は前後2か所のゾーンをまたぎます。パスがゾーンの奥で完了するほど中間の2人は長く走り、しかも加速した状態で走り続けます。「最も速い選手をアンカーに」は順位を競う場面では有効ですが、実走距離では最も短い区間に最速の選手を置くことになります。
前掲のインタビューで朝原氏は各走順の適性を、1走=スタートとカーブがうまく「失敗ができないポジション」、2走=直線が長いのでトップスピードが速い人、3走=曲がりながら高いスピードで渡せる人、4走=「最後に競り勝てる選手」と整理しています。
バトンは右手・左手どちらで持つか
競技規則に受け取る手の指定はありません。実務上は1走が右手、2走が左手、3走が右手、4走が左手と交互にして、持ち替えをなくす組み方が広く使われます。こうすると両走者がレーン内で左右に分かれるため、接触も避けられます。持ち替えは時間の損失と落球のリスクを生むので、走順を決める段階でなくしてください。
練習メニュー|日本陸連の3ステップと部活での回し方
日本陸連が示す3ステップ
手引きは、リレーの段階練習を3段階で示しています。前提として「ゆっくりのスピードから練習するとともに普段の練習でも頻繁に取り入れましょう」とされています。
Step 1:ジョギングでのバトンパス ウォーミングアップを兼ねたジョギングをしながらパスをします。フォームを意識しやすい段階です。
Step 2:テンポ走でのバトンパス 走る距離は100〜120mが適当とされています。前走者がバトンを2本持ってスタートすれば、走っている間に2回のパス練習ができます。この工夫だけで練習の密度が倍になります。
Step 3:全力走でのバトンパス 前走者は50〜80mを全力で走ってパスします。次走者は受けたあと走るのをやめず、50mくらいは全力疾走します。
4人×3か所を60分でどう回すか
| 時間 | 内容 | 狙い |
|---|---|---|
| 0〜10分 | Step 1のジョギングでのパスを全員で | フォーム確認・足長の共有 |
| 10〜25分 | 1走→2走のみ、Step 2で3〜4本 | 1か所に集中して足長を確定 |
| 25〜40分 | 2走→3走のみ、Step 2で3〜4本 | 同上 |
| 40〜50分 | 3走→4走のみ、Step 2で3〜4本 | 同上 |
| 50〜60分 | Step 3の全力走で1か所だけ確認 | 本番速度での検証 |
要点は、1回の練習で3か所を均等に回さないことです。1か所を確定させてから次へ進まないと、どの数字も確定しません。冬季の週の組み方は陸上の冬季練習メニューを、走り出しそのものが遅い場合はスタートダッシュのコツを先に確認してください。
2×50mリレーで数値化する
手引きは、Step 3の応用として「2×50mリレーのタイムを計測することができれば、バトンパスの技術向上によるタイム短縮を知ることができます」と述べています。
2人で50mずつ、計100mをバトンでつなぐタイムを測ります。同じペアの走力は変わらないので、タイムの変化はバトンパスの巧拙だけを反映します。週1回同じ条件で測れば、足長を変えた効果が数字で見えます。
よくある質問
詰まってしまうときは何足長動かせばいいですか?
先に確認するのは、次走者が本気で加速していたかです。出足を緩めていたなら原因はマークではありません。加速に問題がなければ0.5〜1足長遠く(数字を大きく)します。
オーバーハンドとアンダーハンド、どちらが速いですか?利得距離は長いほど有利ですか?
どちらが速いかは一概に言えず、利得距離も長いほど良いとは限りません。利得距離が大きくてもバトンタイムに有意差がなかったという研究報告もあります(本文の比較表参照)。習得初期はアンダーハンドから始めるのが安全です。
バトンを落としたら失格ですか?
落としただけでは失格になりません(TR24.6)。パスの途中(受け手が唯一の保持者になる前)に落ちたら渡し手が、完了後に落ちたら受け手が拾って継続します。
マークは毎レース測り直す必要がありますか?
測り直す必要はありませんが、前回の数字のまま走るのは危険です。国体優勝チームも、予選と同じマークのまま臨んだ準決勝で間延びしたパスになりました。前回の足長を出発点に、アップのパス1本で確認してから本番の数字を決めてください。なお日本陸連が主催・共催する競技会では、マーカーは主催者が用意します(TR24.4国内注記)。
まとめ
- バトンパスのコツは順番がある。マーク → 挙げている時間 → 手の形の順に直す
- マークの初期値は日本陸連の手引きが示す20足長。走力によって15〜25足長の範囲で調整する
- 失敗は2種類だけ。前走者が緩んだら「詰まった」(マークを遠く)、次走者が緩んだら「間延び」(マークを近く)
- 動かす量は0.5〜2足長。国体優勝チームも日本代表も、この幅で修正している
- 挙上によるロスは3か所でおよそ0.2〜0.5秒。挙げてから3歩以内で受け取れているかを動画で数える
- 利得距離が大きい=速い、ではない。受け手が躊躇なく加速できることが優先
- 効果の確認は2×50mリレーのタイムで
バトンパスは、その日の感覚が最も当てにならない技術です。「今日はうまくいった気がする」は、翌週には残りません。残るのは、走順ごとの足長の数字と、2×50mリレーのタイムだけです。陸上練習ノートアプリ「TRACK HUB」に走順と足長、計測タイムを残しておけば、大会当日に「予選と同じ数字で行くのか、1足長詰めるのか」を記憶ではなくデータで決められます。



